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第三章

夜明け2 蝙蝠のクォリア 〜 A Study in Scarlet.

♪月々抄 〜 Oriental Orienting toward Orientation‐Oriented Orient

 

第七星 親愛の注がれていた夜

 

異変が始まった。空には、人間たちが言うところの突っ込みどころ満載の月……略せばこれも満月だが、それが浮かんでいた。私たち姉妹は、その昔サリエルから聞いた話を思い出し、満月を隠せるような力を持つものは月の民に違いないないという結論に至った。レミリアは蝙蝠たちの情報網を駆使して、あっさり犯人のめぼしをつけた。八雲紫が烏を使ったり、西行寺幽々子が幽霊を使って情報を集めているらしいこともわかったが、レミリアは一笑に付してこう言った。

♪夜の闇に紛れて諜報をするのに、蝙蝠より優れたものはないのに、烏を飛ばして愚かね†

同感だった。レミリアは咲夜に夜を止めておくよう言いつけると、独りで館から出て行こうとし、慌てて咲夜が追っかけて行った。これで予定通り、二人の暗夜行路が成ったというわけだ。私は人里が消えたこと、紫や幽々子だけでなく人間と妖怪の魔法使いらも参戦したこと、竹林の中に屋敷が現れたことなどを逐一蝙蝠から連絡を受けながら、永い永い明けない夜の音をずっと聞いていた。

夜へ繰り出したレミリアと咲夜は異変を解決できずに夜明けに帰ってきた。でもその実、レミリアはなぜかこの上なく上機嫌だった。

♪咲夜なら一人でも大丈夫だと任せてみたら、どういうわけだか被弾しっぱなしよ。春雪異変の時とは別人のようでわけがわからないわ†

♪咲夜がパチェにこぼしているのが聞こえたけど。レミィが里を襲ったとか、永遠の満月を手に入れる企みをしてたとか†

♪冗談だよ、永遠の満月というのは、ほら、魅魔とかいう奴が永遠の満月だか三日月だかを求めて活動していたって噂があっただろ。だから私も言ってみただけだ†

♪魅魔? そういえばそんな人いたっけ。すっかり記憶になかったわ。よく覚えていたね。そんなことより、霊夢を叩きのめしたんでしょ? どうしてふん縛って連れてこなかったのよ†

♪いやちょっと気になることがあってそれどころじゃなかったんだ。人里のあたりから竹林まで飛んでいたら、どうも懐かしい感じがして、血が騒いだというか†

♪ん? なにそれ†

レミリアの話は要領を得なかった。もしかすると、異変の解決をぐずぐず遅らせているのはレミリアの方なんじゃないかと思った。負けて帰ってきて、上機嫌というのはどうもおかしい。私はレミリア付の蝙蝠に事情を訊こうとしたが、レミリアは館の蝙蝠を全て連れて行くと言い出した。

♪敵は思ったよりも手強いから、今度は数で攻めるわ。それより、里の上空で面白い人間に会ってね、フラン、最近退屈だろ? ちょっと会ってみない? †

レミリアは話をはぐらかすと、眠ってしまった。その後、咲夜がパチュリーに話しかける声が聞こえてきた。

「パチュリー様、一つ気になることが。お嬢様が竹林で霊夢と戦っていた時にふともらした言葉なのですが……お嬢様が自分を『夜の王』と。おっしゃってる意味があまりにもわからなかったのですが」

「へえ、それは……ひょっとすると意味があるのかもね」

私もおや、と思った。魔界の中でも西洋的色彩の濃い地域で長らく育った私たちは、女性と男性の区別は厳密である。Queen(女王)King()を間違えることは絶対にない。だが、女性でもKingと呼ばれることはある。吸血鬼の両親のうち、パパを担う者がそう呼ばれるのだ。……するとレミリアの発言は、パパのエリスを意識したものなのだろうか。このことを私は今でもレミリアに訊けないでいる。

 

レミリアは、しばらく寝て再び出て行った。

そして二人は何度も帰ってきて、レミリアは咲夜を不機嫌そうに睨みつけると寝てしまうということが繰り返された。咲夜の能力なのか、日にちまでもがぐるぐると廻り始め、幻想郷は同じ日を繰り返し、ただでさえ永い夜が同じ日に幾晩も重なったように感じた。

何度目かの出撃の後、レミリアは帰ってくるなり、パチュリーに向かって、咲夜のあまりの鈍さに呆れかえりつつ、月を隠した犯人の八意永琳(やごころえいりん)にようやくたどり着き、ぼっこぼこにしてやったと言った。その永琳なる人物は、昔魔界にいたサリエルそっくりだったそうだ。薬剤師のくせになぜか弓を持っていて、まさに大敵(アーチエネミー)といった風情だったという。

「失礼な女だったわ。『ふん、ガキの癖に』だとか『最近の若い者はこれだから』なんて言い出しちゃって。そのせいでちょっとやりすぎちゃったけどね」

レミリアは、永琳を倒した、いやうっかり殺してしまったのだ。だが、レミリアがしまった、と思った瞬間、永琳の肉体が再生したのを見たという。話を聞いていたパチュリーが、それは人間を不老不死にする蓬莱の薬だと断言した。レミリアはへえ、と言った。

「とにかくもう一度行かなきゃね、殺しちゃったと思ってぼうっとしていた私たちそっちのけで、薬の精製が目の前で始まってね。もう、大製薬大会よ。私たちはおいてきぼり。それもこれも闖入してきた黒い髪の怪しげな人間のせい。きっとあいつが今回の事件の中心よ。永琳という女はフェイクだったんだわ」

レミリアは新たな登場人物、屋敷の奥に住む黒髪の少女の目撃談まで話すと、咲夜の方へ労いに行った。

レミリアと咲夜の会話が聞こえてきた。咲夜の銀色の脳細胞が、月で戦争が起こっていることを言い当てた。その昔聞かされたサリエルの話によれば、この世界の上位の存在は、人間の脳が決めているという。咲夜が月で戦争が起こっていると思っているなら実際そうなのかもしれない、と私とレミリアの意見は一致をみた。

レミリアは、ガッツを沢山溜め込まないと、と言って、珍しく腸の詰め物料理を食べると、咲夜に今度は私主体で行くわ、と宣言して出て行った。

そして、見事な望月が幻想郷を久々に照らした。

♪レミリアお嬢様からフランドール様に伝言です。「月に行くわ! 準備を始めるわよ! 」と†

遥か山の端の向こうからレミリアが叫んだのが蝙蝠の伝言で届いた。レミリアの異変解決を知ったが、その後の蝙蝠達の報告は奇妙だった。満月隠しの異変を引き起こした犯人は「永遠亭」なる建物に住んでいるらしいことはわかっていた。だがこの時、異変を解決したと思しき側の人影はレミリアと咲夜だけではなかった。

他にも三組の者たちが、異変を解決したような満足げな顔をして建物から出てきたのだという。

「重ね合わせね」

蝙蝠たちの報告を紅魔館のアドヴァイザー、パチュリーに伝えると、紅魔館の頭脳はこう言った。

「複数の状態を同じ時間、同じ空間に重ね合わせることが出来る能力を持つものがいるのよ。この永い永い一晩を繰り返した毎日だって、同一の二十四時間の中に納まっている」

「パチェ、それはおかしいわ。だって時刻はなんども子丑寅、子丑寅と繰り返していたはずよ」

「時刻と時間は別のものよ。時間を分割したのが時刻。空間を無限に近いところまで分割できるように、仮に時間を須臾の単位ぐらいまでで認識すれば、いくらでも時を刻むことができる。この夜は時を刻むための力に左右されていて、それを具現化した刻符の取り合いだったの。そういうルールを誰かが仕掛けたのだわ」

「仕掛けたって、満月を隠した者が?」

「さあ、それはわからないわ。咲夜の話だと、隠れ住んでいた者は外との接触を絶っていたそうだし違うんじゃないかしら」

「じゃあどうして敵さんはスペルカードルールを知っていたのよ」

「それは大きな謎ね」

私とパチュリーが話していると、レミリアが帰ってきて、パチュリーを呼び寄せた。

「パチェ、大変よ、大結界の外に住む人間が月を侵略し始めたんだって。ぐずぐずしていると私が攻め込む前に取られちゃうわ」

こうしてレミリアはパチュリーに月へ行く方法を調べさせ、燃料だアームストロングだと大騒ぎして、咲夜に一晩で材料を集めてくるように命じた。咲夜は主の命令通り……なのかはわからないが、数々のがらくた――筒に独楽、生き血を取るためのスッポン、八卦炉――を盗んできた。集められた品々はレミリアとパチュリーの元に届き、二人は湖を望むテラスのある部屋で夜明けまで奮闘していたが、それも日が昇るまでだった。毛布を持った咲夜がテラスに入っていくときにそっと呟くのが聞こえた。

「結局、お二人とも諦めてお休みになられたみたいね」

私はレミリアとパチュリーの寝息を聞きながら、自分もベッドに潜り込みつつくすくすと笑った。

「そりゃ必要な材料が千もあればねぇ……」

ずっとのちにサターンVロケットの資料を入手して、そういえばルーマニアで見たテレヴィツィウネでそんな話を聞いたことを思い出した。アリスの究極の魔法の影響は私たちの記憶にまで及んでいたのだ。

 

レミリアは結局ロケット製作を諦め、咲夜が盗んできたがらくたは、あるものは持ち主に取り返され、あるものは図書館の倉庫にしまいこまれた。ちなみに咲夜が香霖堂から五色の亀の甲羅を入手したのはさらに後の節分の最中に月が砕けた頃の話、サターンVロケットの資料からプロジェクトスミヨシを発動したのはさらにさらにずっと後の話だ。この時はまだそんなマジックアイテムも外の世界の資料も入手できなかった。

しかしこの記念すべき月旅行計画の第一夜に、咲夜は珍品ハンターの悪名を幻想郷中へ轟かすことになった。

レミリアのロケット熱が冷めてから、ようやく彼女はこの異変の犯人たちの話を始めた。レミリアの評では永琳は頭が良さそうな顔をしていたが、永遠亭の姫、蓬莱山輝夜(ほうらいさんかぐや)は抜けているようでいて、全てを知っているような者だった。一つ気になったことがあった。輝夜はレミリアが人間を襲わなくなっていることを知っていたのだ。いつ知ったのだろう。その話を聞かされた時得体の知れない不気味さを感じた。咲夜が、そんなことより、と口を挟んだ。

「不気味と言えば、滅茶苦茶長い幻影の廊下の方が不気味でしたわ。雑巾掛けをするたびに腰を傷めそうなくらい長かったんですもの」

「だから、雑巾じゃなくモップでしょ。私が注目したのは輝夜がサラマンダーの革の盾を使って来たことね。あれ、マルコ・ポーロがサラマンダーは動物じゃないとか、ギンギンタラスの鉱脈で採れる鉱石を砕くと毛糸のようになるのがサラマンダーだとか書いてたけど、それはやっぱり偽物なんだわ。だって、輝夜のサラマンダーシールドも弱ってちろくて、つまり偽物だったんだもの」

「お嬢様、輝夜の物が偽物だからといって、本物のサラマンダーがいるということにはならない気が……」

咲夜が口を挟むと、そんなことより、とレミリアは話題を戻した。

「地上の穢れを調整するために月の民は地上の人間を魔物に変えて来た、なんて輝夜が喋ったのが問題よ」

英雄ドラキュラが吸血鬼にされてしまったように、月の民は人間の醜い部分を魔物へと転じてきたという意味なのか……などと私はぼんやりと思った。そして、レミリアの表情を聞き取り、レミリアが月へ侵略するための表面上の感情を手に入れたことを知った。

後に永夜異変と呼ばれる異変、これはこちら側が引き起こした永夜の術を中心にした命名だが、それが終わって一と月が経とうとするころ、例の輝夜が肝試しを提案してきた。もう秋の頃に肝試しを行うものだろうかと思ったが、レミリアと咲夜は乗り気だった。

♪にぶい咲夜は気付いていないようだけど、これはきっと輝夜が差し向けた者と私たちを戦わせようって腹よ†

♪レミィ、それなら相手の策に嵌るだけ損じゃないの? †

♪もし輝夜の差し向けた者が不老不死の蓬莱人だとすれば、戦う価値はある。パチェの話では、蓬莱人の肝を喰った人間は、同じく不老不死になるそうだ†

♪なるほど、隙を見て咲夜に食わせようってのね。でも当てが外れたら? †

♪咲夜を襲って同族にする。幻想郷の賢者さんも公認の肝試しイベントだ、妖怪が人間を襲って何が悪い†

♪やっとその気になったんだ。ちゃんとし遂げてね†

♪仕損じはしないよ†

両親を殺害した敵なのに一向に仇を取る素振りを見せないレミリアに不満を持っていた私は、レミリアの計画を聞いて物凄くほっとしたのを憶えている。「夜の王」と言ったのも、咲夜を吸血鬼にして、自分が咲夜の「吸血鬼としての父親」になろうということだったのだとその時は思い、私は二人を肝試しへ送り出した。

 

ところが、二人が肝試しを楽しんでいる間に蝙蝠たちからとんでもない報せが館に入ってきた。

突如幻想郷に二人の侵入者が現れ、妖怪の山へ向かうと、妖怪の山に住む天狗や河童などの妖怪、そして八百万の神々をことごとく叩き潰して山頂につき、一柱の神を外の世界へ連れ出したというのだ。一人は長刀を持ち、もう一人は扇子と不思議なロープを持ち帽子を被った奇妙な出で立ちだったという。この情報は肝試し中のレミリアにも伝わっているはずだが、私は嫌な予感がしてレミリアと咲夜の帰りを待っていた。

肝試しが終わって、レミリアと咲夜がにこやかで落ち着いた顔つきで帰ってきた。蝙蝠たちは二人の帰り路の会話を私に伝えてこなかったが、館に帰ってきた時のレミリアと咲夜の親密な様子を聞いて、私はレミリアについにどなった。

♪レミィ、あんた何やってんのよ! パパとママを殺されたのに、そんな奴に情けなんかかけて、仲良くしてるなんて馬鹿じゃないの! †

♪お目当ての蓬莱人と戦うところまでは良かったんだけどね、相手が狡猾で肝を咲夜に喰わせられなかったんだ†

♪そんなこと聞いてない。あんた咲夜を襲う気なんかなかったんでしょ、この意気地なし! 最低なヤツ! 悪魔失格よ。もう姉とも思わないわ†

もはや、自分の感情も、自分がレミリアと咲夜の仲に嫉妬していることも、隠す必要はなかった。どうせ館の誰もが知っていることだ。

♪いや咲夜を襲う気はあった。これは本当だ。フラン、信じて欲しい。でも、今はもう咲夜を襲う気はない。咲夜には人間のまま私に仕えて、人間のまま死んでもらう。今夜そう決めたんだ†

♪ふざけないで。どうせ不老不死の蓬莱人の醜悪な様を見て、咲夜を同じ目に会わせることを想像して日和ったんでしょ。あんたと呼ぶのも忌々しいわ。今からオマエ呼ばわりするから! オマエに出来ないならスカーレット家の当主は今すぐ降りな。私が当主になって咲夜をゾンビにしてやる。それで幻想郷の全てを敵に回したって……†

♪日和ったんじゃないよ。さっき帰り路で咲夜と約束したの。スカーレット家は咲夜を悪魔にはしないし咲夜の死体だってゾンビにはしない。これは当主の私が決めたんだ、例えお前が当主を引き継いでも守ってもらう。それに咲夜を紅魔館から解放するわけじゃない。フラン、最初の予定に問題はないじゃないか。パパとママを倒した博麗霊夢は私が倒したし、月に行く手段は揃いつつある†

パパとママを倒したのは博麗霊夢だが、殺したのは十六夜咲夜ではないか、と言おうとして私は口を噤(つぐ)んだ。

一つ疑念があった。パパとママが処刑されることを承知で外の世界へ出たのは私も共犯だ。それは自分でもよくわかっていた。なぜ、レミリアはそのことを持ち出して反論しないのか。レミリアは一度もあの時の私の行動を話題に出さなかった。せめてそのことを持ち出して幼稚な口調で反論してくれたら、どんなに気持ちが楽だろうと思っていたのだ。館の内外の蝙蝠たちも黙っている。

なるほど、レミリアには何か私に隠している秘密がある。ならば今問い詰めても吐かないだろう、と思った。

♪レミィ、言っておくけど、お前が悪魔失格だってのは絶対撤回しないから†

♪うん、私もそうかもしれないと思うくらいだから†

♪ええ……なによそれ……†

館中の蝙蝠の緊張が少しほぐれた。だらしない蝙蝠たちだ、と思った。レミリアが話題を転じた。

♪このことはいずれ二人でゆっくり話し合おう。ところで、私の留守中に山でも事件があったんだって? †

 

レミリアは咲夜やパチュリーを呼んで、山で起こった事件の分析を始めた。しばらくなんやかやと議論していたが、最後にパチュリーが結論を出した。

「おそらく、永琳と妹紅を囮にした二重囮作戦ね」

パチュリーが描いたシナリオはこうだ。幻想郷への侵略を計画していた何者かは、侵略を容易にするために幻想郷の有力な者を排除し、しかも侵略者と内通している幻想郷のスパイが疑われないようにする策を練った。それが、永遠亭に住む八意永琳に幻想郷の有力な者をぶつけて永琳に始末させ、その後、蓬莱人の藤原妹紅が異変の解決のために永遠亭に乗り込み、その隙に侵略者が幻想郷に侵略するという作戦だった。最も輝夜を憎んでいるはずの妹紅が、永夜異変の際に永遠亭に乗り込まなかったのは、侵略者側が妹紅を手駒として残しておきたかったからだろう。この作戦は手はず通りに進んだが、侵略者の予想以上に幻想郷に住む者たちは強く、逆に永琳が敗れる結末になってしまった。そこで、侵略者側は急遽作戦を変更し、妹紅を使って肝試しという名目で永琳を破った力のある人妖をおびき寄せ、その間に侵入したのだろう。

蝙蝠たちの山からの報告もパチュリーの意見を補強した。博麗大結界を越えた侵入者の侵略を許した八雲紫に対し、幻想郷に住む神々は査問会を開いたのだが、八百万の神々の前に引きずり出された八雲紫もパチュリーと同じように考え、「月のスパイめ!」 とうめいたという。

どうやら侵入者の二人組は月の民のようだ。

パチュリーの意見には説得力があった。侵略者が月の民なら、千年近く前に月に侵略したという八雲紫ら幻想郷の有力な妖怪への対処を考えてもおかしくはない。しかし、ここまでの報告を聞いて、私は引っ掛かるものを感じた。

レミリアもそう思ったらしく、遠く離れた部屋にいる私に聞いてきた。

♪聞いての通り、パチェの考えはこんなものよ。紫の考えも多分同じね。満月を隠して月の使者を来られなくする、という異変そのものが、月の使者を幻想郷へ招き入れるための壮大なブラフだって考えね。フランの考えは? †

♪永遠亭が侵略者と内通しているなら、永琳らも侵入者の援護をするはずよ。ことが済んだら、月に帰れば良いんだから。罪人だって言っても、計画に協力すれば恩赦、ぐらいの条件はあったでしょうよ。それにパチェや紫が思ったように、ことが終わったら明らかに永遠亭の者たちは疑われる立場になったわ†

♪うん、私もそこが引っ掛かっていてね。侵入者が山に向かっている間、永遠亭ではまったく動きがみられなかったらしい。兎たちが暢気に歌いながら餅をついていたそうよ。で、蝙蝠の調査では動かない永遠亭に対して、動いたらしき別の人物もいたという話があって、それがなんと……里の歴史の先生†

♪それは、防衛のために出てきたんじゃなくて? †

♪そうかもしれない。私が里に行った時も血相変えて飛び出て来たからね。でもね、おかしいのは、あの歴史の先生、あれはワーハクタクなんだけど、彼女は肝試しにも準肝役で参加していたってこと。つまり動いたのは肝試しが終わって、山では侵略者が神様を捕まえて出て行こうとする時なんだ。変だろう? なぜ全てのことが終わってから動く? いやそれより肝試しに参加していてどうして彼女だけ侵略に気付いた? 私が部下から報せを受けるずっと前に彼女は動いたそうなんだ†

♪う〜ん、そういえば、ねえその神様ってどんな神様なの? 侵略者がわざわざ拉致するほどなの?†

♪ええと、おいお前ら、拉致された神はなんて名だ†

♪イワナガヒメという女神だそうです。どういう神格なのかはわかりません。滅多に姿を現さない上に石の仮面で顔を隠しているそうで。顔があまりに醜いからだという噂ですがどうにも情報が少なくてわかりません†

♪その先生が共犯かどうかはともかく怪しいわね。それに永琳らも妹紅も侵略の計画をまったく知らなかったんじゃないかしら。レミィたちの話を聞いている限りでは、どちらもあまりに暢気すぎる。真の月のスパイがどこかにいて、永遠亭や竹林に住む蓬莱人を利用したんじゃないかしら†

♪なるほど。私もその意見に賛成だ。戦ってみた感触では、永琳や輝夜、妹紅はシロだ。一方、ワーハクタク、上白沢慧音という名だが、あれは怪しい。どちらにせよ、月のスパイが誰か見当がつかないと私たち紅魔館の月侵略作戦も立てられないな†

 

こうして永夜異変と一と月後の肝試しは数々の疑念を残して終わった。

レミリアはこの夜を境に少しづつ変わり始めた。子供っぽくなってきたのだ。私は、自分が人間の頃の地の性格が出てきたように、レミリアも人間の頃の地の性格が出てきたのかもしれないと思った。

その頃はまったくわからなかった月のスパイだが、翌年に六十年に一度の結界異変が始まると、意外な人物が俎上に上がってきた。この異変は大量の幽霊がやってきて花が咲き乱れるという牧歌的な異変で、大したこともなさそうなので咲夜に任せていたが、大量の毒花を土産に持ち帰った咲夜が妙な報告をした。哲学者好みだというドクニンジン入りの紅茶と、竹の花で作ったというケーキをぱくつきながら、レミリアは咲夜のふわふわした報告を聞いた。咲夜の報告の要旨はこうだ。

花の異変に対し、解決のために人間が動くのはわかる。妖精、陽気な妖怪達が動くのもわかる。あの三人組の騒霊ちんどん屋が動くのも、もちろん花の妖怪がしゃしゃり出てくるのもわかる。また、侵入者のたった二人の月の民にこてんぱんにやられてしまった妖怪の山の天狗は、取材がてら実戦経験を磨くために弾幕を磨いてあちこちに出没しているらしいから、それもよしとする。

が、そんな有象無象に紛れて、なぜか永遠亭の二人の妖怪兎、てゐと鈴仙が動いたという。これは妙だ。動機がない。これが咲夜の長ったらしくてボケボケの報告の骨子だった。我慢強く報告を聞き、我慢強く毒紅茶を飲み下していたレミリアだったが、咲夜の話の最後の方でピンと来た。

「咲夜。以前あなたが銀色の脳細胞を開陳してくれたから、今度は私が真紅の脳細胞を開陳するわ」

「まあ、そんなものを開陳なさったら、真紅のロマンホラーですわ」

「いい? この異変を引き起こしている、外の世界からなだれ込んでくる大量の幽霊。外の世界で大災害か戦争かが起こっているという噂。咲夜が言い当てた、今ごろの月は戦場という話。これらを綜合すれば真実が見えてくる……そう、この大量の幽霊は全て月面戦争の戦死者なのよ。そして、戦死者の霊を月の民のスパイである妖怪兎の二羽が調査しているんじゃないかしら」

むむ、と唸って咲夜は天井を見上げて考えた。

「あの二人にそんなそぶりは見えませんでしたけど、もしそれが本当なら、あの二人はとんだ喰わせ者ですわ」

「きっとそうよ。咲夜は鈍いからスパイの偽装を見抜けなかったんだわ。月のスパイは因幡てゐか鈴仙優曇華院イナバか、もしくはその両方よ!」

スパイの容疑者は決まった。これはレミリアの月侵攻作戦が再始動したことを意味していた。

 

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